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出江寛が解説する「佐伯邸」に見る村野藤吾の間合いと優しさ

佐伯邸(*)は建築家・村野藤吾の代表作品。この住宅建築について、日本建築家協会第10代会長をつとめられた建築家・出江寛さんに解説していただきました。
(「和モダンvol.3」(2010年7月発行)の掲載記事を再編集しています)

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佐伯邸の説明をする出江寛さん。大和棟風の腰屋根が印象的。

*佐伯邸とは…
村野藤吾の住宅建築の代表作「佐伯邸」(1965年竣工)。奈良市登美ヶ丘にあるその住宅は、平成元年に86歳で亡くなられた近畿日本鉄道株式会社の佐伯勇名誉会長が晩年まで暮らしていました。現在は松伯美術館が同敷地内に建てられ、邸の管理を行っています。庭園は小島佐一の作。南側に池をのぞむ約1万平方メートルの広大な敷地の中に建つ建物は、木造瓦葺2階建ての本屋や茶室、蔵などそれぞれの棟が独立して、それらの屋根が重なり合って見えます。各居室は外観上、桂離宮を思わせるように雁行しながらつながっていて、周囲の自然や土地の形状に溶け込んでいます。
正門は敷地北側に設えられ、雁行するアプローチが特有の控えめな玄関へと導かれます。建物の西半分は木造2階建てで家族の私的な空間として使われていて、主人室・夫人室などの和室や家族の食堂などがあります。東側別棟には四畳半茶室「伯泉亭」と表千家残月亭の本歌取りをした八畳半台目の茶室。その両者の間には、玄関と応接間などの来客スペースがあります。来客用と家族のスペースがはっきりと分かれているのが特徴です。

村野さんの思い出

私は村野藤吾の建築を語れる立場ではないかもしれません。村野さんが審査をした建築のコンクールでは、「出江には賞をやるな」ということにでもなっていたのか、賞には恵まれませんでした。だから、村野さんの息のかかったものは毛嫌いしていましたが、「良いものは良い。悪いものは悪い」としっかり評価しなくてはと思います。村野さんも今ごろ、「こいつは意外と物事がわかっているな」と天国で笑ってくれているかもしれません。

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四畳半台目茶室から南に広がる庭園。
木々の向こうには池が広がっています。

二元対比と間合いで
切れ味の良いデザイン

この佐伯邸を見て感じたのは、村野藤吾の建築も二元対比で語ることができるということ。門を入って外観を見れば、玄関付近の軽快な銅板屋根と茶室の茅葺き屋根が二元対比をなしています。その間に間合いとして瓦屋根を挟んでいて、「二元対比」と「間合い」が建築を語る上でも欠かせません。応接室・居間を見ると、天井と壁・障子の対比に間合いとして欄間を設けています。そこを単純に連続させるとよいデザインにはなりません。

名建築レビューA

玄関付近(手前)の軽快な銅板屋根と奥の茶室の茅葺屋根が
二元対比をなし、その間の間合いとして
瓦屋根をはさんでいます。(写真:和風建築社)

中庭に面した建物外部を見ると、1階が銅板葺き、2階が瓦葺きという対比になっていますが、その間に2階の窓があって、それが間合いになっています。足元も地面と壁が縁を切って間合いを取っています。

八畳半台目の茶室では床柱が北山丸太ですが、相手柱は角柱。落掛けと漆の床框も二元対比をなしています。手前座の低い網代天井と正客の座の竿縁天井の間も、垂れ壁を付けて間合いを取って対比させています。

間合いの考え方の原点は世阿弥にあります。世阿弥は能楽師ですが、美学は建築と共通しています。静から動、動から静に移り変わる数秒の間合いを油断なく構えて、客に退屈させないよう名人芸を披露しなければなりません。間合いとは、切れ味がよいということでもあって、壁は壁、天井は天井で独立させ縁を切るためには間合いが必要になります。

都市空間についても、最近特に間合いが大事だということを感じます。住宅地と商業地域の間合い、線一本で用途地域が変わるけれど、線引きではなく「間合い引き」とすべき。その間に公園や緑地や池をつくれば、間合いのある潤いある都市空間になるのではないでしょうか。

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居間・食堂。天井と壁面の間は、縁を切って間合いを設けています。

真行草の美学で空間を区切る

もうひとつ、村野さんは「真・行・草」の美学に基づいてつくっているものを感じます。「真・行・草」は書道でいえば楷書・行書・草書にあたります。

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玄関から応接・居間へと続く空間は接客のための真の空間。玄関のタイルは正方形、使っている木材は柾であり、応接間の扉には同一面の額縁に納まる精度の高い細工を見せています。厳格な空間をつくるために、あまりデコレーションなどを施さず、客を接待する動線と日常生活で出入りする動線とを分け、客人を迎えるところは真体に。家人の道筋には完全に草体の石組みとなっています。

応接室・居間の奥に位置する和室(主人室)は、プライベートにも公にも使える空間であり、行体といえます。柱も天井の廻縁も柾目であり、その点では真体ですが、天井は中杢板の竿縁であり、それによって行体の空間としています。

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写真は八畳半台目茶室。

玄関から見て、東側に位置する2つの茶室。そのうち八畳半台目は表千家残月亭の写しです。柱は北山赤杉の柾ですが、中杢板の天井に床柱は北山杉絞丸太で「行」の空間と解釈されます。もう一方の四畳半茶室「伯泉亭」は、躙口・貴人口をもつ「草」のつくりとなっています。この両者をつなぐ位置に水屋があり、連子窓・下地窓から外の素晴らしい景色が感じられます。

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四畳半台目茶室「伯泉亭」の躙口と連子窓・下地窓の対比美。

あるじの人柄をしのばせる
数寄屋の慎み深さ

大企業のトップの邸宅としては、簡素な印象すら受けるこの住宅。数寄屋建築の手法により、高さを抑え重なり合う屋根が調和しています。庭の景色、その樹木の先に見える池を借景として利用している八畳半台目の茶室。その床柱はあるじであった佐伯さんの人柄をしのばせるよう。あまり皺(しわ)がない北山絞り丸太でやや細め。まっすぐで素直、奇をてらったところは感じられません。あるじの控えめな侘びの精神をあらわしているのだと思います。侘びというのは「正直で慎み深く奢らぬさま」のこと。きちっとお茶をたてて、ひっそり暮らそうという思想が、佐伯さんにはあったのではないでしょうか。それを村野さんは優しく受け止めて、低く低く抑えて、正直な材料でつくっています。

村野藤吾との親交が深かった泉岡宗助(*)のいわゆる泉岡語録にある「玄関を大きくするな。門戸を張るな」「外からは小さく低く、内に入るほど広く、高くすること」などという教えはしっかり守られています。軒を低く抑えながら、奥に行くほど高くといった、数寄屋の控えめな美しさが見事に表現されています。

*泉岡宗助(いずおかそうすけ)
村野藤吾と付き合いのあった関西の財界の人で、相当な建築の素養を持っていたといわれています。

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応接室・居間・食堂の南側は高床の部屋ベリが
雁行するようにつくられていて、桂離宮を思わせます。

(写真/松村芳治)

松伯美術館(しょうはくびじゅつかん)
https://www.kintetsu-g-hd.co.jp/culture/shohaku/
旧佐伯邸
美術館の東側に隣接する旧佐伯邸は、 一般公開していませんが、開館日の土曜・日曜・祝日に限り、11時から15時の間、内庭を開放して野点喫茶をしており、見ることができます。(天候等の事情により中止する場合あり)

建築家・出江寛さんが解説する村野藤吾設計の佐伯邸を掲載した「和モダンvol.3」は完売していますが、「和モダン」シリーズとして、現在「和MODERN13」まで発行しています。各テーマによる特集をはじめ、建築家や地域の工務店の住宅事例をたくさん掲載しています。

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