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建築家・村野藤吾による大胆で魅力的なデザインの障子

和風建築に近代的な側面を取り入れたという点でも評価される建築家・村野藤吾。その建築作品の中には、さまざまな魅力的なデザインを見ることできます。

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村野藤吾は1920年代から80年代にかけて、大阪を拠点として全国的に活躍した近代を代表する建築家。デザインには自由奔放な大胆さの一方で、関西らしいはんなりとした繊細さが感じられ、それは障子のデザインにも反映されているように思われます。よく比較される吉田五十八が江戸風の粋な切れ味を見せるのに対して、自由な遊び心さえ感じてしまうところも。

村野は和風や洋風、モダニズムなど、様々な様式を駆使しながら、独自の創意によってデザイン。時代や地域を異にする様式が等価に扱われ、過去の歴史様式がリバイバルされ、折衷的に組み合わされています。それらが違和感なく、ひとつひとつの作品としてまとめられているのも村野の手腕によるものでしょう。

数寄屋建築では、歴史的な作品のデザインを写し取る「本歌取り」をおこなうことが多々あります。この手法は「写し」と呼ばれますが、村野の障子デザインを含む和風建築にも、この「写し」の手法が頻繁に用いられています。しかし、一見して純粋な和風とみられるものでも、実は日本の伝統的な手法ではなく、近代的な手法が混在しています。村野は和風建築にモダニズムを持ち込んだともいわれ、伝統的な方法の延長上にありながら、それを少しモダンに見せるというような方法としてとらえられます。

村野の折衷主義は、一時期近代建築家に値しない、時代遅れという評価を受けたこともありますが、近年は改めて大きな評価を受けています。建築と関わる中で、デザインを常に考えていたように感じる村野の障子デザインは、いつ見てもわくわくさせられます。

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「しじゅうからの間」―目黒区総合庁舎 和室(旧・千代田生命本社 和室)

池に面してテラスが張り出す八畳和室「しじゅうからの間」。池との間を仕切る障子は、それぞれ幅を変え、リズムが出るように工夫された竹の節のような細い桟で組まれたデザイン。水平と垂直も不揃いで、障子を閉じると竹林の中にいるかのように感じられます。

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「三養荘」(さんようそう)

三養荘の玄関ホールでは、ガラス開口部の上部に意匠を凝らした明かり障子を嵌め込み、庭を借景として取り込んでいます。桟を菱形に配した大胆なデザイン。上部を障子とすることで、視線を区切りつつ導く狙いがあると思われます。

建築家・村野藤吾による「障子のデザイン」は『和風住宅25』に掲載しています。※本記事は再編集したものです



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